2016年12月02日
平田に来季100打点指令
平田に来季100打点指令
2016年11月28日 紙面から

山崎武司さん(右)にあいさつをする平田。来季100打点指令を受けた=名古屋市内のホテルで(篠原麻希撮影)
平田よ、打点を大台に乗せろ!! 中日のOB会パーティーが27日、名古屋市内のホテルで開かれ、OB会幹事で本紙評論家の山崎武司さん(48)が、国内フリーエージェント(FA)権行使を見送り、竜残留を決めた平田良介外野手(28)に、100打点指令を出した。先輩からの熱い期待に応え、平田は全試合出場&打撃タイトル獲得の意欲を口にした。
現役最後の2年間、山崎さんはチームメートとして、平田と一緒にプレーした。親子ほど年の離れた後輩とは一緒に食事に出掛けるなど、かわいがった。同じ高卒入団、右の長距離砲という共通項もある。そんな「ポスト山崎」には評論家になってからも視線を送り、可能性は今も信じている。だから、言う。「もっとやれ!!」と声を上げた。
「今年の数字なんかじゃ、本人が一番満足していないんじゃないの? 球団の評価は高いでしょ。それは契約した額をみれば分かるよね。ってことは、もっとやらなきゃ。143試合全試合出場は、もう義務。出て当たり前。ホームランの数も求められる。打点は100はいってもらわないとね。数字を追っ掛けていかなきゃいけない立場になったから」
今季の平田は118試合出場で416打数103安打、14本塁打、73打点、打率2割4分8厘と低迷。股関節や右肩などに痛みを訴えて欠場する姿に、山崎さんは寂しく思っていた。当然、国内FA権取得による球団との交渉も気に掛けていた。結果は、年俸1億2000万円の5年契約で残留した。これを山崎流に表現すると「平田はいい契約を勝ち取った」となる。期待値の大きな契約かもしれない。だからこそ「チームの中心選手として、100打点を挙げてほしい」と願う。
http://www.chunichi.co.jp/chuspo/article/dragons/news/201611/CK2016112802000103.html
2016年12月02日
土井正博コーチ「勝ち方を教える」
土井正博コーチ「勝ち方を教える」
2016年11月28日 紙面から

シート打撃の後に選手を集め、バットを手に話をする土井コーチ(右)=10月28日、ナゴヤ球場で(谷沢昇司撮影)
巻き返しの来季に向けて動きだした森監督の新体制。コーチとして打撃部門の土井正博(72)、作戦部門の森脇浩司(56)、バッテリー部門の田村藤夫(57)、守備・走塁部門の奈良原浩(48)の4人が新たに加わった。そこで、インタビュー企画「新コーチに聞く」をたっぷりと。第1回は土井コーチ。今季500得点でリーグワーストに沈んだ攻撃陣をどう変えるのか。特別コーチとしてチームを見た2年間を踏まえて、聞いた。 (構成・川本光憲)
-就任早々の秋季キャンプ、真っ先に指示したのは小技の徹底だった
「勝ち方を教えないといけない。評論家として見ていて、点が取れるところで取れない。若松なんか1つの打席で2回も3回もバントを失敗してね。股割みたいな格好でやらないとダメなんですよ。片足に重心がかかりすぎると、上下に動けない。バントは投手も野手も関係なく決めないと。秋季キャンプでは走塁、右打ち、1つ前の塁を意識させました。バントやエンドランする形はよくなっていますよ。フォア・ザ・チームの精神です」
-特別コーチではなくなる。森監督のオファーを受けた経緯は
「体力に不安があって、鍛えて『もうできるな』というところ。監督とは西武で選手同士、コーチと選手という間柄、いろいろありますのでね。『この監督ならば務めよう』という頭になりました。指導者は最後かもしれません」
-70歳を超えてのコーチ就任。指導法は昔と変わるのか。選手とどう接するか
「昔は選手を蹴飛ばしました。けど、今は人間が丸くなりました(笑)。時代もあります。経験を積んで、選手を選別するようになりました。『この子に手間どったら、次の子が出てこない』ということ」
-若手の起用も期待される。2004年、西武で中島(現オリックス)を積極起用した
「伊東監督(現ロッテ監督)に中島を『目をつぶって使いましょう』と言いました。松井稼頭央が抜けて、ショートに誰もいない。中島はとにかく体が強かった。チームにカブレラと和田がいましたし、若手起用ができる環境もありましたが、伊東監督は良い決断をしてくれました」
-今のドラゴンズには、中島のように「こいつを使いたい」と思わす選手はいるか
「います。これは監督と話をしています。名前は伏せます。起用を見ていただければ、のちのち分かりますよ。2、3人います」
http://www.chunichi.co.jp/chuspo/article/dragons/news/201611/CK2016112802000107.html
2016年12月02日
「もっと強いチームだったはず」 孝政会長故中山さんの言葉披露
「もっと強いチームだったはず」 孝政会長故中山さんの言葉披露
2016年11月28日 紙面から
OB会に先立ち、鈴木孝政会長(62)があいさつ。鈴木会長は先月亡くなった元中日投手の中山俊丈さんを見舞った際に「ドラゴンズはどうなっているんだ。もっと強いチームだったはずだ。プレーしていても見ていても、もっと楽しいチームだった」と話していたエピソードを披露。そして「最後の力を振り絞って言っておられた。これはOBの総意ともいえる話。森監督には思い切りよく、我慢強い戦いをしていただきたい。辛抱強く待ってます」と語った。
http://www.chunichi.co.jp/chuspo/article/dragons/news/201611/CK2016112802000196.html
2016年12月02日
森監督、公開ラブコール
森監督、公開ラブコール
2016年11月27日 紙面から

プレミアムステージでのトークショーで笑顔を見せる森監督=ナゴヤドームで(篠原麻希撮影)
中日・森繁和監督(62)が26日、ファンの前でDeNAからFA宣言している山口俊投手(29)へ“ラブコール”を送った。ファンフェスタ(ナゴヤドーム)に参加した指揮官は2万9000人の竜党の前で、山口獲得に向けて動いていることを明かした。すでにDeNAと巨人が大型契約を提示しているが、山口はまだ決断に至っていない。一発逆転はあるのか-。最終局面を迎えている。
集まった大勢のファンからは驚きと期待の歓声があがった。ファンフェスタの目玉企画でもある森監督のトークショー。就任後、初めてファンの前に現れた指揮官は、あいさつ代わりといわんばかりの軽妙なトークで山口獲得に動いていることを明らかにした。
それは司会者からFA補強について尋ねられたときだった。「来てくれるなら取りたいですよ」。すかさず、「誰か」と尋ねられると、「知ってるくせに」とニヤリ。「オヤジが相撲取りでしょ」と続け、会場からは割れんばかりの拍手が沸き起こった。
ズバリ、山口俊。父は元幕内の谷嵐。「来てくれたら良いなぁ」。やや遠回りしたが、ひそかにラブコールを送り続けてきた相手を公表した。
ただ、相手は今年のFA市場の目玉の1人。交渉解禁となった11日には、早速巨人が3年6億円とされる大型契約を提示。3年総額5億円超というDeNAを上回る評価に「前向きに考えさせていただきます」と語っている。圧倒的巨人有利という状況を逆転するのはたやすい事ではない。
http://www.chunichi.co.jp/chuspo/article/dragons/news/201611/CK2016112702000094.html
2016年12月02日
DeNA・山口明言 今月中決断
DeNA・山口明言 今月中決断
2016年11月27日 紙面から
山口はこの日、中日の森監督からのラブコールに対し、「そうなんですか? まだ自分の耳には入っていないが、ありがたいこと」と感謝を示した。
11日に巨人との初交渉に自ら臨んだ後、交渉を代理人に一任。「他球団からの話自体はなくはないけど、直接僕のところに来ていない」と話した。現在の心情を「正直迷っている。残留か移籍か…」と素直に吐露。「長引かせて互いの球団に迷惑をかけてもいけない。今月中にしっかりと自分が納得できるように考えて答えを出したい」と期限を設定した。
http://www.chunichi.co.jp/chuspo/article/dragons/news/201611/CK2016112702000093.html
2016年12月02日
ゲレーロと単年契約
ゲレーロと単年契約
2016年11月27日 紙面から

アレックス・ゲレーロ
中日ドラゴンズは26日、キューバ出身のアレックス・ゲレーロ内野手(30)と契約したことを発表した。単年契約で推定年俸1億5000万円。ゲレーロは球団を通じ、「日本の中日ドラゴンズと17年シーズンの契約ができたことをとてもうれしく思います。プレーオフに行けるよう、そして優勝できるよう、チームの勝利に貢献したい」とコメントした。
森監督はファンフェスタのトークショーでゲレーロについて言及した。守備位置は「サードかレフト」と明言し、ポジション争いを活性化させる考えだ。さらに打順は「練習しか見てない。試合は見てないけど、もちろんクリーンアップを考えています」と話し、流動的ではあるものの、中軸を任せる方針だ。
http://www.chunichi.co.jp/chuspo/article/dragons/news/201611/CK2016112702000092.html
2016年12月02日
新外国人・ゲレロ獲得へ ドジャースで昨季11発
新外国人・ゲレロ獲得へ ドジャースで昨季11発
2016年11月26日 紙面から
中日が、メジャー通算11本塁打でドジャースからフリーエージェント(FA)となっているアレックス・ゲレロ外野手(30)と近く正式契約する。ゲレロはキューバ出身の右打者で、内外野を守れるユーティリティープレーヤー。キューバ・リーグや国際大会でも実績を残した強打者への期待は大きい。低迷脱出の切り札になってくれ!
最下位からの巻き返しを託されるのは、キューバ出身のユーティリティープレーヤーだ。
ゲレロは2013年に亡命するまでキューバの国内リーグで8季プレーし、通算102本塁打。3割台の打率も3度マークした。キューバのナショナルチームでは内野手として、12年の国際大会で金メダル獲得に貢献している。
今季は左膝を痛めて開幕は故障者リスト入り。マイナーでプレーしていたが、竜再建の切り札として白羽の矢が立った。今季22本塁打のビシエドと同じキューバ出身ということもあり、カリビアンコンビとして相乗効果も期待できそうだ。
指揮官の宣言通りの補強となった。10月30日に森監督が新外国人獲得のために成田空港を出発した際、「野手はサード、ファースト、外野と幅広く考えていく。大砲とか左右にこだわりはない。守れることが大事」と語っている。
FA権を持っていた大島と平田の残留が決定。野手の補強ポイントは左翼と、今季は固定できなかった三塁に絞られていた。どちらも守ることができるゲレロが加入すれば、かゆいところに一気に手が届く。さらに、定位置獲得を目指す福田や高橋にも大きな刺激を与えることができる。
http://www.chunichi.co.jp/chuspo/article/dragons/news/201611/CK2016112602000109.html
2016年12月02日
三ツ間、1年で支配下登録ゲット
三ツ間、1年で支配下登録ゲット
2016年11月26日 紙面から

明るい表情でキャッチボールする三ツ間=ナゴヤ球場で(黒田淳一撮影)
育成選手だったルーキーの三ツ間卓也投手(24)が25日、念願の支配下登録を勝ち取った。ナゴヤ球場に併設する選手寮「昇竜館」で行われた契約更改交渉で、西山球団代表から告げられた。支度金500万円、年俸440万円、背番号は未定。最速152キロの右サイドハンドは、開幕ローテに殴り込みをかけることを宣言。将来の目標に東京オリンピック出場を掲げた。中日は全選手の契約更改交渉を終えた。(金額は推定)
三ツ間が初めての契約更改交渉を最高の形で終えた。
「1年間で支配下選手になろうと思ってやってきました。うれしい気持ちでいっぱいです。先発でやりたいと思っています。開幕1軍に入りたいです」
今季はウエスタン・リーグでフル回転した。35試合に登板し5勝2敗、防御率2・19。7月下旬には中継ぎから先発へ転向。みやざきフェニックス・リーグでは3試合で18イニングを投げ、わずか2失点だった。
そもそも、なぜ育成契約だったのか。球団が不安視していたのは、昨季所属したBCL武蔵での制球力不足と、独立リーグの1年間で体重を72キロから92キロへ20キロも増やしたことに対する体への不安だった。
群馬・健大高崎高、高千穂大でも主力ではなかった無印右腕。目を付けるスカウトはいても、球団全体を押し切るだけの説得材料に欠けていた。だが、2軍で成績を残し続けることで不安を一掃。沖縄・北谷球場での秋季キャンプにも育成選手として一人だけメンバーに入り、首脳陣に猛アピール。念願の2桁背番号をゲットした。
http://www.chunichi.co.jp/chuspo/article/dragons/news/201611/CK2016112602000105.html
2016年12月02日
ドラフト2位・京田の野望
ドラフト2位・京田の野望
2016年11月26日 紙面から

仮契約を終えクリスマスツリーの前でガッツポーズする京田=ホテルニューオータニで(武藤健一撮影)
中日からドラフト2位指名された日大・京田陽太内野手(22)が25日、東京都内で入団交渉に臨み、契約金8500万円、年俸1200万円で仮契約を結んだ。同じ石川県能美市出身の大スター、松井秀喜さん(42)のようにプロで活躍し、地元に「京田ミュージアム」を建てる野望を設定。竜ではまず俊足を生かし、リードオフマンの大島洋平外野手(31)との「YOYOコンビ」結成を熱望した。(金額は推定)
あのスーパースターが輝いた場所にまた一歩近づき、心は躍る。「実感がより湧いてきました」。仮契約を終えた京田が力を込める。幼少期から憧れのプロ野球選手。そのイメージは、同じ能美市出身で日米通算507本塁打の「ゴジラ」によってかたどられてきた。
存在の偉大さを象徴していたのが、同市郊外に建つ「松井秀喜ベースボールミュージアム」。小学時代には、松井さん主催の野球大会の一環で年に1度訪れていた。バットなどの展示品に目を奪われ、「子どものころのユニホームが大きいなって驚きました」と振り返る。
プロは数多くいれど、個人の博物館を持つのは成功者の証し。「いずれは造りたいですね」と壮大な夢を掲げた。いつかは肩を並べる故郷の星に-。堅実な守備が売り物なだけに「ゴールデングラブ賞のトロフィーは飾りたいです」と笑った。
http://www.chunichi.co.jp/chuspo/article/dragons/news/201611/CK2016112602000106.html