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2017年06月09日

大野、死ぬ気で勝つ


大野、死ぬ気で勝つ

2017年6月6日 紙面から


ブルペンで投げ込む大野=中日ドラゴンズ屋内練習場で(布藤哲矢撮影)


 中日・大野雄大投手(28)が5日、先発ローテを守る決死の覚悟を示した。7日のロッテ戦(ZOZOマリン)に先発。若手投手陣が台頭する中、開幕投手にとっては1軍生き残りをかけた崖っぷちのマウンドになる。ここまで0勝5敗。悩んで苦しみ、疑心暗鬼になった自分との戦いに終止符を打ち、打者との戦いに集中する。

 「ラスト」。友利投手コーチが厳しい表情で言い切る。それが残されたチャンスの数。7日に結果で示すことができなければ、2軍降格。もちろん大野は分かっている。「本来なら1軍で投げさせてもらえる投手じゃない」。現実を受け止め、それでも前を向く。

 腹は決めた。「死ぬ気で投げないといけない」。前回5月31日のソフトバンク戦(ヤフオクドーム)では自己ワーストの13安打を浴び、6イニング6失点。試合直後は次回登板は白紙だったが、首脳陣の話し合いで「泣きの1試合」が決まった。チームのために復調してほしいという願いを、これ以上裏切れない。

 開幕から2カ月余り。まだ心の底から笑えない。先発5試合で3連敗を喫し、いったん中継ぎで再調整。その後、出場選手登録を抹消される形で先発復帰の準備を進めてきたが、力なくタカ打線に粉砕された。配球や球質、心構え…。考え過ぎて迷路に入り込み「自分と戦っていることが多かった」と振り返る。

 背水。言い換えれば失うものはない。「こういう時こそ原点。自分がどう抑えてきたかを考えて投げたい」。向かうべきは「対自分」ではなく「対打者」。余計な考えは排除し、純粋に持ち味を発揮する。「この1週間、しっかり準備はしてきました」と吹っ切れた表情で話す。

http://www.chunichi.co.jp/chuspo/article/dragons/news/201706/CK2017060602000110.html  


Posted by 後援会事務局 at 19:36
Comments(0)中日スポーツ

2017年06月09日

「CHASE」福田、代打の極意実践 球種絞り込み一振り勝負


「CHASE」福田、代打の極意実践 球種絞り込み一振り勝負

2017年6月6日 紙面から


ソフトバンク-中日 6回表無死一、三塁、右犠飛を放つ代打・福田。一振りにかける周到な準備が実った=1日、ヤフオクドームで(篠原麻希撮影)


 交流戦2カードを3勝3敗で滑り出した。連敗スタートから初勝利を挙げたのが1日のソフトバンク戦(ヤフオクドーム)。4点目をたたき出したのが、代打福田永将内野手(28)の右犠飛だった。その一振りをチェイスする。

 代打に不可欠な要素が2つある。準備と決断力だ。勝負は1打席。ストライクを待つ余裕はないため、必然的に一振り勝負になる。

 交流戦は苦難の幕開けだった。2試合で31安打を浴び、17失点。ソフトバンク打線が猛威を振るい、最悪の3連敗スタートも頭をよぎっていた。表のヒーローが8回途中まで1失点と好投した先発の鈴木なら、裏のヒーローが福田だった。

 6回。ゲレーロの中前打で3点目を奪い、なおも無死一、三塁。ソフトバンクは先発中田に見切りを付け、6番の森野に左腕の飯田をぶつけてきた。

 中日ベンチも福田を代打に送る。その初球、130キロのフォークが外角低めに沈む。プロ11年目。バットで生きる男は、決して簡単ではないこのボールを右翼フェンス際まで運んだ。三塁からビシエドを迎え入れるのに、お釣りが出る飛距離。文字どおりに「一振り」で仕事を果たした。

 打席に向かう福田は、まず相手の球種を絞り込んだ。飯田の持ち球は直球、フォーク、スライダー。「状況的にフォークの確率が高いと思っていました」。3点差。もう1点も与えたくない相手は犠飛すら避け、内野ゴロか、三振に仕留めたい。読みは的中したが、難しいコースに落ちた。

 「引っ張りにいかず、右方向への打球を意識していました。あの球を引っかけにいかなくてよかった」逆らわず、逆方向にという意識の一方で、頭の中では冷静に状況を分析していた。

 「追い込まれると厳しくなる。最悪、ゲッツーでもOKというぐらいの気持ちでいました」

 相手の内野は前進守備だったから可能性としては低かっただろうが、内野ゴロで併殺打になったとしても、三塁走者が返るのなら構わない。

 「ある程度は割り切りが必要。全部の球種、コースを追いかけたら打てませんから。相手投手の置かれた状況や調子、自分の力量を考えて狙い球を絞りました」

http://www.chunichi.co.jp/chuspo/article/dragons/news/201706/CK2017060602000103.html  


Posted by 後援会事務局 at 19:34
Comments(0)中日スポーツ

2017年06月09日

荒木雅博を語る<2> 仁村徹さん


荒木雅博を語る<2> 仁村徹さん

2017年6月6日 紙面から


指名のあいさつを受ける熊本工・荒木雅博(中)。左端が担当スカウトで翌年は投手コーチになった早川実さん=1995年11月24日、熊本市の熊本工業高校で


 1995年11月22日、ドラフト会議の中日のテーブルは、異様な緊張感に包まれていた。中日を含め、7球団が競合した福留孝介(PL学園高)の当たりクジを、当時の星野監督は外してしまう。さらに外れ1位指名でも原俊介(東海大相模高)を巨人と競合して外し、星野監督は怒り心頭に発した。

http://www.chunichi.co.jp/chuspo/article/dragons/news/201706/CK2017060602000112.html  


Posted by 後援会事務局 at 19:32
Comments(0)中日スポーツ